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2019-06-10 15:48:00

脊柱管狭窄症、治療体験手記

 

腰痛暦
12歳のお正月、確かコタツで寝ころんでいて、無理な姿勢をしたとたん、腰に激痛が走り動けなくなった。思えば、まだ小学生だった。たぶん、ここから腰痛とのおつきあいがはじまった…。
高校生の頃、腰の右側の痛みがでて、しばらくつらかった。特に何かしたような記憶はないのだが、鈍痛というよりは、神経に触るような痛さだった。何ヶ月か続いたような記憶があるが、あまり気にせず、そのまま放置していたら、いつの間にか治ってしまった。
大学生の頃、徹夜が続くと腰の右側が痛くなった。また、右足の膝の上、足首に痺れを感じるようになった。
20代後半、残業をこなす毎日で、肩こり、右足の痺れ、それに腰痛は、日常茶飯事になった。腰の右側の痛みも時々でていた。腰は、前からヤバイなあとは思っていて、そろそろ、本当に痛めるかもと何度か思うことがあったが、動けなくなるほどの腰痛にはならなかった。その上、階段から落ちて腰を打ちつけるなど、通常の生活でやたらと転び、よくケガをした。物につまずいたり、ぶつかったりするため、職場の人から「歩いてきた経路が音でわかるよー」とよく言われていた…。
30歳の大台に乗ると、気分的にも肉体的にも激務に耐えるのがかなりきつくなった。歳にはやはり勝てない…。体調を維持する自信がなくなり、職場を異動した。異動後、長時間労働からは開放されたが、仕事を覚えるのに、今思うとかなり悪い姿勢で本を読みつづけて、腰痛がでていた。また、趣味の楽器を30分ぐらい吹きつづけると腰痛がでるようになった。運動は大学の体育の授業以来、ほとんどしたことがなかったので、慢性的な運動不足だった。

坐骨神経痛発症
31歳の秋、平成14年11月初旬、演奏会当日に、舞台の片づけをしていたところ、重い演台を動かそうとしたとたん、腰にピシッとイヤな音がした…。そしてだんだん、腰の痛みが強くなってきた。宴会の幹事をしていたので、なんとか夜までもたせたものの、翌日は痛くて動けず、仕事を休んでしまった。趣味で腰を痛めて仕事を休むとは、情けない…。でも、一日で動けるようになり、鈍痛も一週間ほどでなくなった。
さらに1週間後、秋晴れの休日に友人と散歩に出かけたところ、歩きはじめてまもなく右腰から坐骨、右足の太ももの裏側にかけて足を運ぶたびに痛みが走りだした。姉が18歳の頃に椎間板ヘルニアを患ったことがあり、「腰より足が痛い!」と言っていたことを思い出して、「まさか?ついに私にもきたか?!」と不安を感じた。今思えば、この時の自分の勘を信じて対応していればもっと早く治っていたかもしれない。足を一歩踏み出すたびに、ビンっとくる痛みが走り、だんだん痛みが強くなっていく…。なんとなく、嫌な予感がした。

椎間板ヘルニアではない?椎間板症?
それでも数日たてば、痛みがひいていくと思っていた。姉は当時1ヶ月くらいで治ったが、私は歳も歳なので時間もかかるだろう、と軽く考えていた。…が、しかし、痛みは、おさまるどこか、痛い部分がふくらはぎの外側まで伸びてさらにひどくなっていった。
さらに悪いことにひどい咳風邪をひき、咳をするたびに、右側の腰→坐骨→太ももの裏側→ふくらはぎの外側→足首と激痛が走った。咳をする時は立ち止まってなるべく腹筋を使わないように腰をまるめて膝をまげないと、響いてとても痛い。咳風邪が治らず、肺も腰も足もつらいので、さすがに内科を受診した。気管をかなり痛めていたので、強めの薬を処方され、同時に腰と足の痛みも少し楽になった。
それでも風邪が治れば痛みもおさまると安易に考えていたが、11月下旬に職場の人が見るに見かねて、職場近くの整形外科を探してくれ、「とにかく、病院に行ってきなさい!」といわれ、病院嫌いの私もついに整形外科へ行くことにした。診察の結果、右足は30度程度あがる状態で、レントゲンの背骨の形状ではそれ程問題となりそうな所見がなかったため、椎間板ヘルニアではないだろうと言われた。椎間板ヘルニアなら、動けないし歩けないから、かなり軽傷なほうだとの診断だった。そのため低周波を腰にあてる治療だけを行った。風邪薬を服用していたため、薬の処方はなく、コルセットと腰痛体操のプリントをもらい、痛みがひいたらはじめるよう指示された。かなりなおじいさん先生で、「腰痛になりやすい生活を送っているのだからしょうがない。気を長くもってゆっくり休んでいれば、1ヶ月程度で治まるでしょう。運動していないでしょ、元気に死にたい(?!)ならちゃんと腹筋と背筋を鍛えなきゃだめだよ。」と長々とお説教され、世間話をして診察は終わった…。椎間板ヘルニアかもと思っていたので、リハビリに通わなくて良いとわかってほっとした反面、少し意外だった。確かに時間がかかっても歩けるのだから、「軽傷」なのだろう、がんばらなくてはいけないなあと、思ってしまった…。しかし、先生の診断とは逆に、風邪薬の服用を止めたとたん、痛みはとても強くなった。

痛みがおさまらない…
 「軽傷」との診断であったため、生活のペースをあまり変えず、仕事も趣味の楽器演奏も最低限必要な活動は続けていた。仕事にせよ趣味にせよ、人と係わりをもって活動しているので、あまり人に迷惑をかけたくなかったし、何よりそれほど長引くと思っていなかったので、がまんできるのだから大丈夫、と思っていた。でも、これが良くなかったのかもしれない。あまりに痛くて吐き気をもよおすような激痛に夕方近くなると襲われるようになった。
痛みはまったく治まらず、12月下旬に同じ医院に行ったが、「正月休みにじっとしていれば大分良くなるでしょう」との見解であった。お正月休みは静かに過ごしたつもりだが、寝ていることも痛くてしかたがなく、むしろ起きて座っている方が楽だった。
年が明けて1月になる頃には、体はくの字にまがり、腰や膝を伸ばして立つことも、右足のかかとをつけて歩くことも体が固まってしまいできない状態になってしまった。痛い腰をかばっているのか、首、肩、腰、坐骨周辺から両足の足先まで、体の後ろ側全体が板のようにかちかちにこっており、神経痛と共に、症状はひどくなった。歩行はとても大変で、夕方になるにつれてひどくなり、ひどい時には1分、良くても10分程度歩くと神経痛がひどくて休み休みでないと歩けない。冷たい雨など降ろうものなら、傘が受ける風圧力に耐えられず激痛が襲い、しゃがみこむと雨にぬれて寒くてさらに痛みが増す、という悪循環にはまって、もう笑うしかないけれど笑えない状態であった。また、お風呂あがりや寝るときも神経痛が結構つらかった。仰向けに寝ることができず、痛い右側を下にして横向きで足と腰を曲げて、足にクッションを挟んで腕にもクッションを抱いて、というスタイルでしか眠れない。その上、痛みで幾度となく目がさめ熟睡などできない状態だった。特に朝方が痛くて目が覚めるのだが、起きてしまうと、夕方よりは楽なのが不思議だった。
座位は比較的痛みが少ないことから、歩き回る業務からはずしてもらい、仕事は休まずに続けることができた。通勤も行き帰りとも座って通勤が可能でだったので、なんとかのりきることができた。ただ、駅までは朝は車で送ってもらい、帰りはタクシーを利用した。これが満員電車の通勤や職場の理解や協力がなかったら、かなりつらかったと思うが、本当にまわりの方が心配してくれていて、好意にたくさん甘えてしまった。
歩けるとはいえ痛いものは痛いので、「腰痛体操」もできず、コルセットなしの生活もできなかった。これがよくないのかと思いインターネットなどで、情報収集をしてみた。「腰痛体操」を推奨するHPは、「筋力が落ちるから、必要以上にコルセットは使わないこと。痛くても頑張って体操をしなさい!」とほとんど書いてあるので、寝る前に毎日はじめてみた。足の裏側や腰周辺の筋肉をのばすストレッチは気持ちがよかった。でも、肝心の腹筋、背筋運動は、痛みとの戦いだった。それほど忍耐がある方ではないけれど、やはり痛みから開放される方法は「これしかない」と変に思いこんでいたため、がんばってみた。…余計、痛くてもっと寝つけなくなった…。
 でも、私自身の生活スタイルをできるだけ変えずに、活動していたのだから、自業自得、というところも多分にあった。残業もせざるをえなかったし、どうしても会いたい友人達には会って一緒にお酒を飲んだし、演奏もしたし…。その後必ず、痛みに耐えて動き回った分、倍以上になって激痛がくるのだから、仕事はともかく、他を自制すればいいのに、これがなぜか止められず、悪化させていたような気がする。それにしても、普通の生活、歩いたり、座ったり、寝たりがこんなに大変だとは…。腰は要って、字のとおりなのね、と妙に納得し、これからは、体がつらそうな人には絶対に電車の席を譲らなくては!と思った。腰痛になって、よかったことといえば、これを身をもって知ったということだけである。

再度、整形外科へ
3月中旬、自宅の近くにある整形外科に行ってみた。暖かくなるこれからの時期になんとしても、治してしまいたかったからだ。この整形外科は新聞でも紹介された大病院に勤めていた先生がいる近所では有名な病院である。あとでわかったことだが、この先生の専門は「整形」ではなく「形成」だった…。私の病院えらびは、あまりに浅はかすぎる。
この病院でもレントゲンをとり、このときも右足は30度程度あがり、前の病院と診断は同じで椎間板ヘルニアとなりそうな所見は見当たらない、筋肉が硬直しているために「坐骨神経痛」を起こしているのかも、との診断であった。背中の筋肉は、全体的に硬直しており、痛みのでている右側よりも左側の方がさらにカチカチだった。先生は、「なぜ、右じゃなくて、左側なのだろう…?」とつぶやいたが、それ以上は何も言わなかった。左側も悪くなってしまったのだろうか?と不安になったが、自分の感覚的にはいわゆる腰痛のひどいものという痛みだったので、気にしないことにした。低周波と牽引のリハビリを行うことになった。また、湿布薬、鎮痛剤を1週間分処方された。このとき初めて、薬のお世話になったが、こんなに楽になるものとは…。なぜ、湿布すら今まで貼ってなかったのだろう?自分の馬鹿さ加減にあきれてしまった。でも、薬はやはり薬なので、切れる時間がくるときちんと痛みがひどくなるので、気分はあまり晴れなかった。当たり前だけれど、鎮痛剤では、治らない…。
毎日リハビリに通うことは仕事の都合上無理なので、週3日通った。理学療法士の方は親切で、精神的にはかなり助けられた。いつも、元気に笑顔いっぱいで迎えてくださった。でも、ちょうど痛みがでやすいところに低周波の器具がつけられることがあり、終わった後に坐骨神経痛がひどくなって、逆に歩くことが大変になることがたびたびあった。また、仰向けで片足を曲げてもう片方の足の方へ倒し、倒した足と同じ側の肩をベッドに押さえるというストレッチをしてくれることもあったが、これが痛くて痛くて、つらかった。数分その状態で伸ばしてくれるのだが、私には10分くらいの時間に思えるほど痛かった。でも必要でやってくれているのだから、信じて耐えた。帰りも笑顔で送ってくださるのだが、翌日まで引きずる程の痛みではないが、私は痛みがいつも重くなって病院を後にしていた。腰痛体操などはまったく教わらず、HP等で情報収集をしていた私はかなり?な気分になった。信じているけれど、信じたいけれど、本当にこれで治るのだろうか…。
その上、坐骨神経痛だけでも大変なのに、ついに花粉症にまでなってしまった。足腰が痛くて、喉と鼻と目の具合が悪いと、もう、どうやっても眠れない…。マスクをして、足腰を曲げて足をひきずって歩いていると、かなり目立つらしく、やたらと人から怪訝そうに振り返られた。確かに、外から見たらどこが悪いのかわからないから不思議に違いない。そういえば、この冬は大好きな「牡蠣」を食べると必ず中毒になってしまったけれど、どこか具合がわるいと体のあちらこちらが悪くなってしまうのかも。とにかく、最悪の冬、だった。

椎間板ヘルニアだった…
リハビリをはじめて1ヶ月、それほど治った気がしないので、先生にMRI検査を受けたいとお願いすることにした。リハビリの日は職場を早めにあがらせてもらっていたため、これ以上長引くなら、病状を職場に報告したかったのである。先生は、MRIを撮っても治療方法は変わらないですよ、でも必要なら予約しましょう、といってくださった。
4月中旬、○急病院にてMRIを撮影した。撮影時間は、30分と聞いていたが、検査自体は痛いはずもなく、気楽に病院に向かった。しかし、仰向けに寝ていられないことをすっかり忘れていた…。毎日、苦労して寝ているのになぜか、忘れてた…。膝の下にクッションをいれてくれたが、検査が始まって1分とたたないうちに、激痛がきた。動くなといわれても痛くて横を向きたくなるし、膝を立てたくなるが、動くと最初からやり直しになるので、耐えた。足がしびれてきて、感覚がなくなっていくが、なぜか神経痛はひどくなる…。一緒に足が麻痺して痛みが消えればいいのに、そうはならないのが何とも腹立たしい。撮影前に技師の人に、「結構寝れますよ―」といわれたが、とんでもない!寝れるものなら寝てみたい!と本気で怒りたくなるほど、つらかった。撮影が終わり、放心状態で楽な体勢に体を動かすと、慌てて技師さんが出てきて体を支えて起こしてくれた。なぜか、撮影前と対応も表情も、違う…。結果は通っている医院の先生から伝えられますから、と何度も言われ、検査は終了した。あまり、良い状態ではないのだろうか…。さすがに不安になった。外に出ると、散り終わりそうな大きな桜の木の下で、入院されている患者さんが日向ぼっこをしていた。そういえば、今年は、桜も見なかった…。治るのだろうか…。私も入院しなければならないのだろうか…。
診断結果は、「椎間板ヘルニア」だった。通っている医院の先生から伝えられたが、ものの数分の説明で「たいしたことないですよ、やはり軽傷です。治療方法はかわらないです。」
とのことだった。その上、「治るときには治るかもしれないですね。」といわれ、質問することも忘れてしまった。治るときには治るって、逆を言えば治らないときは治らないってこと?!このような説明だったので、検査技師さんの表情がとても「軽傷」という顔ではなかったような気がしてしまい、先生の診断がかなり心配になった。

治ってきたかも?
不安を感じつつもリハビリを続けていると、暖かくなるにつれて、痛みが少し軽くなってきた。歩行も10分くらいなら続けて歩けるようになったし、自転車であれば、どこまででも大丈夫、というくらい回復した。でも、相変わらず夕方近くなると痛みが増し、お風呂上がりもつらく、仰向けに寝ることはできなかった。坐骨神経痛は多少楽になったものの、首から肩、背中、腰、足に至るまでのコリは治らず、むしろ腕まで痺れているような状態ではあった。
ゴールデンウイークも静かにしていたため、神経痛がやっと治ってきたかと思っていたが、また、風邪をひいてしまった。風邪をひくとひどい咳を必ず伴うようになってしまったため、慌てて病院へいったが、遅かった…。また、腰にひびいて、悪化してしまった。
6月の今年一番という暑い暑い日に、高校の同窓会に行った。痛みもやや楽な日だった。ところが、寒いくらいクーラーがきいた部屋に15分ほど座っていたところ、嫌な痛みがあっという腰から足へ走り出し、激痛となって襲ってきた。座っていることもその部屋にいることもできなくなり、必死に移動してクーラーのない外に出て、しゃがみこんだ。治っているわけじゃない、ただ、暑くなってきたから楽になってきただけかも?…また、冬に向かって寒くなってきたら、またこの激痛がたびたびくるのだろうか…。
暑い日が続いたため、その後痛みは落ち着いた。でも、不安は逆に大きくなった。

え?!手術?!
今度は病院選びを間違えないよう、慎重に、初めて真剣にHPや本などで調べはじめた。病院や民間療法などを紹介してくれる人もいたが、自分が納得できるところに受診することに決めていた。調べているうちに、ヘルニア自体は4~5年で自然縮小する場合が多いこと、ヘルニアがあっても痛みを感じない人がいること、牽引は意味がないこと、薬物で痛みをおさえるか、腹筋背筋を鍛える以外は手術しかないこと、手術をしても再発する可能性も高いこと、治すのが難しい!ということがわかった。それにしても、今まで暢気に構えすぎていた…。いまだ予定はないとはいえ、子供をいずれは持ちたいと普通に思っていたので、本当に治さないと大変かもと、さすがに焦りはじめた。それにしても、先生も理学療法士も知ってか知らずか、まったく説明をしてくれなかった…。
「軽症」であるため、自分で治す努力をするとしたら、鍛えるしかないと思い、リハビリを専門としている病院を探すことにした。腰痛関連の本もだしている○○医療センターに受診することに決めた。ここは、スポーツで体を痛めた人などを中心に腰痛や関節痛などを改善するためのプログラムを処方してくれる施設である。
7月、○○医療センターで再度MRIの検査を受け(このときもやっぱりつらかった。2度としたくなかったのだが、もう一度受けてしまった…)、リハビリでは無理、手術が適応と診断された。去年の11月からで発症から時間がたっていること、右側臀部や足の筋力がおちてきており、これ以上酷使すると、筋力をもどすのもかなりたいへんなことになることから、なるべく早く手術を受けるべきといわれてしまった。先生は、「‘軽傷’といわれていたの?うーん、‘軽症’、ねえ…。今、コルセットしていないよね。首から腰にかけての張りは、ひどすぎるねー。コルセットをしているみたいだよ。」とおっしゃり、前の先生の診断を否定しないまでも、かなり疑問をもったような感じだった。数ヶ月で悪化したのかとの私の質問に、あまり数ヶ月では悪化することはないですね、との先生の答え。私は、気が抜けてしまった…。なぜ、こんなに先生によって診断が違うのだろう?まあ、なんとか歩けるのだから、症状は軽傷だけど、治すには手術って事??それとも、今まで受診した先生が誤診していたということ???いきなり、手術っていわれたって!!!
先生は、ヘルニアについて、4~5年で自然縮小するものだけれど、痛みを耐えていると体のほかの部分に負担がかかってしまうし、そもそも4年も5年も我慢できないでしょうから「手術」しかないと説明をしてくださった。また、牽引はまったく治療効果がなく、ここのリハビリセンターでもやっていないとのことだった。3月から今まで、無意味に病院に通ってしまったらしい。実は、暖かくなってきたから症状が軽くなってきただけだった。それにしても、「軽症」だというから治療法に疑問があっても、がまんしていればいつかは治ると信じていたのに、その「いつか」は4、5年先だったとは…「軽症」の場合はもっと早く治るのかと思っていた…。紹介状とMRIのコピーをもらい、呆然としつつ、病院をあとにした。医療センターへの受診を決めたのと同じ頃、HPで、「恵比寿堂治療室」を偶然「発見」した。東洋医学は、西洋医学以上にどこにいったらよいかわからないし、「疲れを癒す」ものであって、「治療する」ものという感覚がなかったので考えてもみたこともなかった。でも、治療室の名前に、偶然、近所の地名が入っていたため、少し興味が沸きアクセスしてみたのである。開いてみて、びっくりした!!それまで、腰痛関連のHPをたくさん見ていたが、HPから治るという「確信」に近いものが伝わってきたのは初めてだった。他の整形外科やレーザー治療のHPを見ても「治ります!」と主張するHPは、治療方法や治った患者さんからのお便り紹介だけだった。HPの造りは美しいけれど、信用まではとてもできない感じだった。でも、「恵比寿堂治療室」のHPは、どのような症状の患者さんがどういう治療をして、その結果としてどのくらい治っているのか、ということを具体的に書いてあって、驚いてしまった。
「手術」との診断もあり、これはぜひとも伺わねば、と思った。ところが、連絡先を調べようとして再度HPを検索しようとしたら、つながらなくなってしまっていた…。自宅から歩いて行ける範囲のはずなのに…。今までに会った整形外科の先生は、形式的な対応か「治るときに治る」というなげやり?な対応で、診察を受けても安心するどころか不安になるばかりだった。
7月19日、「中医針灸院・恵比寿堂治療室」に電話をかけた。

中医針灸院・恵比寿堂治療室へ
電話をかけたその日にMRIの写真を持参し、自宅から歩いて5分ちょっとの治療室に伺った。先生とお会いし、MRIの写真を見ていただき、診察をしていただいた。少し驚いたことは、どこがどう痛いのか、どのような時に痛むのか、という質問をされたことだった。整形外科の先生の診察は、仰向けで片足を上げる検査をするときに痛くなったら言ってください、というだけで、どこがどう痛いのかということは、聞かれたことがなかった。でも、確かに痛みが私を苦しめているのだから、当然の質問なのだけれど、当然の質問を今までされてこなかったことに気がついて、それにもまた、驚いてしまった。診察の結果、適応症との診断で、姿勢がわるいですね、10回くらいで痛みがとれるでしょう、との見解をいただいた。
鍼治療は、特殊な治療らしく鍼を打つときに、一瞬ちくっとし、そのあと押し込まれるような感覚があるが、痛みは感じない。すぐに、緊張感や不安感もなくなってしまった。かなり不思議な体験である。その後、腰に超音波を当てていただき、終了した。施術後、先生に立ってください、痛みはどうですか?といわれ、立ってみると腰から足首にかけてでていた坐骨神経痛がにぶくなっていてかなり驚いた。それに加え、脳の中も含めて体全体がふわふわと宙に浮いているようなかなり気分がよい状態である…。この後、先生からお風呂はさけてシャワーにしといてください、痛みが急に戻る場合があります、などの注意事項の説明をいただいたのだが、今思い返してみると、嬉しいのとぼーっとしているのとで、内容をあまりちゃんと聞いていなかった。しばらくは間をおかずに来院した方がよいとのことだったので、4日後に予約を入れた。
この日は、もともと親戚の家を訪れる予定だったので、動き回ってはいけないのだろうなとは思いつつ、電車に乗ってでかけた。ずーっと眠りっぱなしであやうくのり過ごしそうになった。親戚宅についても、話もそこそこに、お昼寝をさせてもらい、眠り込んでしまった。風邪薬や睡眠薬を飲んでもここまで眠くはならないのでは?と思うほど、とにかく眠い。鍼って一体?!たった二本、打っただけなのに!と、ぼーっとした頭の中は???だった。
その夜、たぶん、飲んではいけないのだろうな、-先生が説明してくださったと思うけれど、覚えていない-、とぼーっとした頭で思いつつワインを飲んでしまい、強烈な痛みが戻ってしまった。やっぱり、やってはいけないことだった…。でも、なぜか自分の中ではそれほど心配も不安もなく、まあ飲んでしまったからしかたない、明日になれば大丈夫な気がする…、と楽天的にとらえて、腰に保冷材をあてて眠りについた。
翌朝、痛みは大分ひいて、昨日の治療直後よりは痛いものの痛み出してから一番楽な一日を送った。まだ、ぼーっとした状態であることも、痛みが本当に楽になっていることも、不思議でしかたがない。

鍼治療
数日後、2回目の治療を受けた。治療直後は、初回ほど劇的な痛みの軽減は感じられなかったが、数日経過で軽くなってきた。週に2回のペースで、伺っていたのだが、治療するたびに、日がたつにつれて、刺すような痛みの上に何枚もオブラートがかかっていくように、痛みが遠くにぶくなっていくような感じを繰り返し、徐々に痛みが弱くなっていくような感じだった。治療に伺うと、調子はどうですか、と先生にきかれるのだが、その度に良くなってきている報告ができることが、とても不思議だった。椎間板ヘルニアを患って以来、着実に日を追うごとに、治っていくということは一度も経験したことがなかっただけに、嬉しくてしかたがなかった。大げさでなく、心から自分の体のことで嬉しく思ったのは、生まれてはじめてである。ただ、一方で、少し治り始めると治療後に一時痛みが増すことが悪化したのではないか、と不安に思うこともたびたびあった。
1ヶ月も立たないうちに、足、腰をまっすぐにして、立つことができるようになった。これには、職場の人や友人、家族も驚いていた。いつの間にか、きちんと普通に立っている私を見て、「鍼」で治ったといっても、にわかに信じられないような反応だった。不思議でしかたがない様子だったが、私が長期にわたって苦しんでいたことを知っていたため、誰もが本当に喜んでくれた。自分が思っている以上に、まわりの人々を心配させてしまっていたのだなあと、申し訳なく思い感謝しつつ、喜んでくれるのを見てさらに嬉しくなった。そして、やっぱり、私本人も、不思議で不思議でしかたがない…。ずっと、痛くてつらかった日々がうそのように、楽になってしまった。坐骨神経痛の刺すような痛みさえなくなれば、それだけで日々の生活はだいぶ楽になくなるのに、腰痛はこの際いいからとにかくこの痛みだけはなんとかならないの!?…といつもいつも切実に思い続けていたのが、ものの1ヶ月弱、で解消されてしまった。一ヶ月前には、「手術」しなければ治らないと言われていたのに…。
この時点で、刺すような痛みは、治療後2日、つい嬉しくて遊びまわって無理をした日、朝起きてすぐに体を動かすとき、同じ姿勢を長時間続けてしまったとき、疲れた日の歩行時、などに軽くでる程度になった。ただ、刺すような痛みといっても、オブラートがかかったような感じで、治療前のような痛みとは大分違う性質のものになっていた。むしろ足の強いしびれと坐骨神経痛が出る部分に沿って強い圧迫感があった。また、首から腰、足にかけての筋肉の張りはまだ強かった。それでも、坐骨神経痛さえ楽になれば、生活に支障をきたすことの多くは解消できてしまうため、ここまでくればもう治ったのと同じ、という気がして、精神的にとても楽になった。

健康保険って…
 ある時先生が、私と同じ会社の人が「鍼治療」で会社から補助がでるといっていたよ、と教えてくださり、調べてみることにした。すると、健康保険の制度が変わり、医師の同意書があれば、健康保険組合から医療費として認められ、7割が戻ってくるということがわかった。どのようなものなのか、まずは、聞いてみることにした。
健康保険組合に問い合わせたところ、「同意書があったとしても鍼きゅう治療で医療費として認められるケースはまれで、ほとんどありえません。」と言われてしまった。どうも、「疲れを癒す」鍼治療で、気軽に問い合わせてきたと思われてしまったらしく、冷たいというよりは怒りすら混じっているような対応だったので、私の方もつい状況を一生懸命説明してしまった。最後には、理解してもらえたらしく、「同意書は治療前にもらわないとダメなのだけど、本当に治療効果があるのなら、申請してみてください、でも、承認されるかどうかまったくわかりません。」とのことだった。なんだか、ぐったり疲れてしまった。
それにしても、私には全く意味のなかった整形外科でのリハビリ(牽引、低周波)には、保険がきいて、短期間で入院もせずに痛みから開放された鍼治療には、保険がきかないとは、釈然としない。少なくとも私にとっては、鍼治療が「医療」であって、リハビリは「気休め」だったのだけれど…。
 全く期待は持てないが、同意書をもらえるものかどうか試してみたくなり、横浜市○○医療センターに電話をしてみた。受付につながり、事情を話すと困ったような声で、「クリニックの事務担当に確認します。」と言われ、少し待つと、「こちらではそのような同意書はだしていません。」との答えが返ってきた。…クリニックにすら、つないでもらえなかった。本当は、ここで患者ががんばらないと今の状況はよくならないのだろうなとは思いつつ、あまりの仕打ちに足を運んでまでがんばる気力がなくなってしまった。

さらに、鍼治療
 治療を始めて1ヶ月を過ぎた頃から、週1回のペースで治療を続けた。治るペースが少し遅くなってきたような気がするものの、回を重ねるごとに、着実に楽になっていった。ただ、つい無理をして荷物などを運んでしまうと、痛みが戻ってしまった。また、あの痛みが戻ってきたら怖いという気持ちと、実は気にしすぎでもう大丈夫かもという気持ちが交互にきて、結局無理をして、少し痛みが戻ってしまう、ということをこの時期は繰り返していた。痛み自体は、まったく軽いものではあるのだが、治ってくると正常時の状況を思い出すようで、つい、不安になってしまう。自分の管理ができていないがゆえなので、学習すればよいのだが、これがなかなか難しかった。コルセットの替わりに、先生ご推薦のコシラークを着用してみた。コルセットほど苦しくなく、骨盤が安定して商品名のとおり?!腰が本当に楽で良い感じだった。坐骨神経痛が楽になってからは、鍼は腰の部分と臀部に打ってくださるようになった。右足のしびれと圧迫感が回を重ねるごとに楽になってくるにつれて、夕方になるにつれてひどくなっていた首、肩、背中、腰、足の筋肉の張りも首や肩から楽になり、足の筋肉痛も少しずつとれていった。
それにしても、鍼治療の後の強烈な眠気と、ふわふわと体と頭が浮いているような感覚は、体が慣れてくれば感じなくなるものかと思っていたのだけれど、全く慣れなかった。平日の夜に治療をしていただくと、翌朝目覚めるのが大変、だった。でも、治療をしていただくまでは、去年の秋からずっと朝まで目が覚めない日など一日もなかったのだから、本当に本当に幸せである。

手術せずにすんで、よかった…
 鍼治療をはじめて、2ヶ月をすぎると、首、肩、背中のコリ、足の筋肉痛も大分楽になり、神経痛のような痛みを感じることはなくなっていた。坐骨神経痛の出ていた右足は、弱い痛みなのか強めのしびれなのか区別のつかない程度の違和感がある程度になった。
ある時、鏡に写る自分をみて、背中が平らになって、腰を痛める前よりも姿勢がよくなっていることに、気がついた。そういえば、先生は姿勢が悪いですねと言っていたけれど、いつの間に治していただいたのだろう…。マッサージをした後に、ストレッチ(形は整形外科でやってもらったものと同じだけれど、まったく痛くなかった。)をしてくださったり、足の長さが違うといって足をひっぱったり、尾てい骨のあたりを押したりしていたけれど、それは数回だったはずなのに?背中が反って、お尻が後ろに突きだしていたはずなのに、背中からお尻にかけて平らになっている…。また、不思議が増えてしまった。
 それにしても、先生の治療室を見つけることができなかったら、今頃私はどうしていたのだろう。職場の先輩のお友達が、椎間板ヘルニアで2回目の手術のため急に入院したと聞いて少しつらくなってしまった。たくさん同じ病気で苦しんでいる人がいるなかで、自分にあって、そして、自分にもまわりにも負担の少ない治療が受けることができた、ということは、幸運以外の何物でもないのではないか。先生に出会えなければ、きっと治療方法で悩み、そして手術を受ける病院選びで悩み、入院する時期で悩み…、ずっと不安を抱えながらまだ痛みから解放されていないかったかもしれない。本当に手術をせずに、痛みから解放されてよかったと思いつつ、入院された先輩のお友達が快方に向かうよう祈らずにはいられなかった。私と同じ効果があるものなのかはわからないし、どのように受け取るかは人それぞれではあるけれど、情報を伝えることができなかったことが心苦しかった。これは、まったく私の自分勝手な気持ちではあるけれども。

これから
 鍼治療を始めて2ヶ月半を過ぎたころ、先生が、具合がわるければ来て下さい、とおっしゃられた。ほぼ大丈夫、ということだと理解はしたものの、どうも腰のコリと右足のしびれが気になる。先生にうかがったところ、腰の張りからくるものだろう、とのことだった。もう、いわゆる坐骨神経痛を感じることはなくなって大分たつのだが、ずっと継続的に治療をしていただいていたので、これで終わりとなるとなんだか不安になってしまった。
坐骨神経痛で苦しみ始めてから、先生に頼るという気分よりも「これで本当に治るの?」という不安や疑問が強かったが、鍼治療を受け始めてからは完全に先生に頼りっぱなしだった。この病気は、楽をして先生に治していただける部分と、自分で頑張らなくてはいけない部分がある。そろそろ、腹筋と背筋をきたえてみることにした。
 スポーツクラブに入り、水泳を始めてみた。といっても、神経痛が出るわけではないが、まだ体が怖がっているので、水中歩行とクロールを少し。週2,3回は行きたいところだが、週1、2回程度通っている。6月にクーラーでひどい激痛がでてから、まったく触っていなかった楽器も始めてみた。結構、腹筋も背筋も使うのでよいリハビリになると思っているが、これもまた、体が怖がってなかなか思うようにはいかない。
それにしても、普通に寝て、歩き、走り、泳ぎ、そして演奏できることは、なんてすばらしいことなのだろう。急に、最初に診察を受けた整形外科のおじいさん先生の言葉を思い出してしまった。「元気に死にたければ腹筋と背筋をきたえなさい!」そのとおりかもしれない、人間最後まで歩けたらきっと心も体も元気であることは間違いない。これからずーっとこの痛めてしまった腰とおつきあいしなければならないのだから、少しずつ頑張って鍛えていこうと思う。
 そういえば、鍼治療をして、思わぬ嬉しい副産物があった。お肌の調子や朝の寝起きがとてもよくなったこと、である。坐骨神経痛が治ったのでストレスが減ったからかもしれないが、それにしては腰を患う前よりも良くなりすぎているので、きっと特殊な鍼治療の効果だと思う。
yuuko